視察報告-仙台

出張者:ふじくぼ博文

【日程】   平成28年10月14日、15日 

【場所】   宮城県仙台市 仙台サンプラザホール

【調査事項】  (1)第36回地方自治研究全国集会 全体会出席
        (2)    〃       第10分科会出席

【内容】

(1)全体会(移動時間の関係で②から出席)
  ①開会行事等
  ②地元歓迎オープニングアトラクション
   (聖和学園高等学校吹奏楽部の皆さんの演奏)
  ③記念講演「宮城の未来、復興へのまちづくり」
    増田 聡(東北大学大学院経済学研究科教授 地域計画担当)
  ④パネルディスカッション
    希望の光を地域から 
     ~若者も高齢者もいきいきとくらせるまちづくり~
    コーディネーター 大江 正章(コモンズ代表)
    第1部パネリスト
     ・平子 昌彦(JF宮古漁協青壮年部部長、青年漁業士)
     ・鈴木 美樹(鳴子「さとのわ」主宰)
     ・佐藤 彌右衛門(会津電力株式会社 代表取締役社長)


    第2部スピーカー
     ・佐藤 喜広(認定NPO法人遠野山・里・暮らしネットワークコーディネーター)
     ・北川 進(宮城県社会福祉協議会震災復興支援局主任主査)
     ・笹川貴吏子(立教大学大学院社会学研究科博士後期課程)
     ・水沼真由美(にいがたイナカレッジ2015年度インターン生)
  ⑤閉会行事


(2)第10分科会「公共交通は誰のもの?みんなのもの!!」
  ①開会
  ②講演 「持続可能な『みんなの地域公共交通』の実現をめざして」~現状と課題を踏まえ、先進的取り組みに学ぶ~
       嶋田 暁文(九州大学大学院法科研究院准教授
  ③レポート報告
      「持続可能な地域公共交通をめざして」~『人』と『まち』・『暮らし』をつなぐ
       中川 早苗(宮城県大崎市)


      「移動を支える いのちをささえる」
        ~災害から見えてくる‟平時”の備え~
        村島 弘子(NPO法人 移動支援Rera)
   ④質疑
   ⑤午前閉会(移動時間の関係で⑤まで出席)
   ⑥午後 地下鉄東西線フィールドワーク(駅舎、車両基地ほか)
       チェックシートをもとに公共交通のあり方について考える



【所感】
(1)記念講演について
 増田教授は、全体として宮城県や岩手県は震災から着実に復旧復興しているものの、福島県は原発被害からの復旧復興は遅々として進まない印象は否めないと指摘し、福島県の難しさを示した。その中で、今でいう「地方創生」の論議を先取りした形で人口減少社会を予見した各県とも総合計画を策定していたが、変更を余儀なくされた現状を明らかにした。では、復旧復興のための事業がそれらの総合計画とどの様にリンクし効果を発揮するのか、画一的な施策では益々過疎化高齢化に歯止めがかからないと指摘し、例えば防災や減災の土地利用のコントロールによる市街化を抑制する地区の有無で沿岸部を使わなくなると伝統的な産業構造が大きく変化し、内陸に居住することでの人口減少が発生すると指摘している。
 また、東北経済の復興に関して「シナリオ・プランニング」という手法を用いて、4つの不確実性と復興における7つのシナリオを導き出している。

 

 2011年時点で、10年後を展望してのシナリオが描かれているが、5年経過した現時点で、個々の施策の到達点はあるものの不確実性の③レベルと思料される。そういう意味で今後を見据えると今が極めて重要な時期といえる。

(2)パネルディスカッションについて
① 第一部はテーマを「ナリワイ」としてコーディネーターの大江氏を中心に、震災・津波・原発事故を乗り越え、「自然」と「資源」と「人」をどの様に組み合わせて、生活できる仕事を創出するか、その時、地方自治体は何をすべきか。また、国主導の地方創生事業による人口増加施策ではなく、地元の魅力と創造で、どのようにしたら、UIターン者を増やすことができるかが話し合われた。
大江氏が豊かさとは何か、幸せとは何かとして、今日の農村回帰に触れ、多くのリタイヤした方や若者が農村に入り、有機農業などに取り組んでいる姿を紹介し、問題提起した。
平子氏は、25歳で義父に師事しホタテ養殖漁業に従事したが、震災で船や機械類を一切失った経験し復興、今日、中核的な漁業者として体験型観光やオーナー制を見据えた漁業を検討し「顔の見える関係」を模索している。また、漁業者として後継者育成について自治体からの補助が何もないと指摘した。
鈴木氏は、震災当時はOLとして東京で働いていたが、仕事や人間関係に疲れていた時、内陸部の「鳴子」の湯治文化に魅せられ「温泉マルシェ」取得、移住を決意した。地元のお母さんたちに教わる「里山ご飯を食べに行こう」、森林インストラクターと歩く「五感を呼び覚ます森歩き」などの活動を通じて現在は、地産地消の「里山カフェ」を経営している。海と山の連携、食べることは生きることと厳しい自然を享受しながら満足して情報発信をしている。
佐藤氏は、226年続いている造り酒屋の9代目当主として、東日本大震災を経験。地域の豊かな資源からエネルギーを作り出すことを決意し、公共的株式会社会津電力株式会社を設立し、現在代表取締役社長。会津は元来、「四方四里」すべてが自給できる土地柄、「百姓は全てを自分で賄う、足元を見ると全てある」の精神で、脱原発地域分散型エネルギーに取り組んでいる。
3氏とも、自然と資源をうまく活用し、あわせて人的資源開発を加えることであまり自治体の手を借りずに企業化している。本市に於いてもまったく同様とはいかないまでも示唆に富んだ事例であると考える。
② 第2部はテーマを「地域づくり」として二つに分け、まず復興がんばるトーク~被災地におけるコミュニティの再建ついて、行政の指導でもなく、大きな声だけを反映する復興でもなく、みんなのたまり場や小さなささやきから生まれた温かな復興の芽や兆しは何か、その成果は何かがコーディネーターの大江氏を中心に語られた。
 佐藤氏は、自身で軽運送を経営し宅急便の下請けをしていたが被災し車両が流出し契約解除され、NPO法人のスタッフとして活動開始。支援物資の配送からはじまり、仮設住宅やみなし仮設の声かけ、見守りやボランティアの受入れ、災害公営住宅や高台移転の引っ越しボランティアなどを続け、現在、公営住宅のコミュニティづくりの支援を行っている。
 北川氏は、県社協から震災後石巻市に出向し被災者支援事業を担当し、業務の範囲の中での限界を感じ、自主研究会「宮城の地域福祉を考える会」を立ち上げ「なんとかしなきゃ」の意思のある仲間と地域づくりを実践している。
 両氏とも、仮設住宅やみなし仮設の中での「孤独死」について、入居時点でコニュニティーに配慮した配置など工夫が必要で、声かけや見守りは何もない現代社会でも必要性が叫ばれていることを考慮するとやはり入居時点での行政の配慮を指定されており、今日の大規模あるいは複合災害が懸念されている本市でも、如何に被災者に寄り添うかが十分配慮しなければならないと考える。
③ 第2部の後段、地域おこし女子トーク~ヨソモノ・ワカモノによる地域づくりについて、ムラに溶け込むためには、若い女子だからこそできる、チャレンジコミュニティ手段(秘策)とは何か。ヨソモノ・ワカモノの視点による成功例を語った。
 笹川氏は、立教大学大学院社会学研究科博士後期課程に在学中で、2011年4月より常陸太田市地域おこし協力隊Relier(ルリエ)として、同市美里地区に赴任し、文化と教育面から地域づくりに携わり、現在も住みながら持続可能な地域づくりの研究を行っている。
 水沼氏は、法政大学福祉学部在学中に休学し、Iターン留学にいがたイナカレッジに参加。新潟県十日町市の直売所を拠点に農業や地域づくりを学び、移住女子として地方の暮らしを情報発信している。
 両氏とも、女性特有の細やかな視点と若者らしい大胆な発想で旧来の農村社会に新たな息吹を吹き込んでいる。溶け込むことには苦労もあったと思料されるが、受け入れ団体や地域の人々とのコミュニケーションで成果を上げていると思われる。本市においても大学との連携や受け入れ団体養成など示唆に富んだ取り組みだと思う。


(3)分科会
① 嶋田准教授は、地域公共交通の重要性や課題、あるべき姿などについて国の法体系の推移と地方自治体の取り組みなどを例示する中で持続可能な地域公共交通を如何に実現するか、住民の移動手段の確保はもとより、特に移動制約者(障がい者・児、高齢者など)の移動手段をどの様に確保するかが行政の役割と指摘した。
 本市においても交通不便地などを中心に赤字路線維持の補助金、コミュニティバスである「あいバス」や「デマンドタクシー」などが住民の移動権を確保するために取り組まれているが、多様な交通モードとその適合性について実態とメリット・デメリットについて検証を加える必要性を感じた。
② 中川氏は、大崎市が1市6町の合併で、市域が約800㎢、東西約80㎞と長大となり、旧自治体が行っていた住民サービスを継承し、地域によりサービス水準が異なっていたことから一体感の醸成やサービス水準の平準化などの論議を踏まえ、公共交通再編計画を策定し基本方針・整備方針を定めた経緯を説明した。また、交通政策基本法が成立し、地域公共交通活性化・再生法が改正され、それに基づき協議会を設置し課題を整理する中から網形成計画を策定したとの事で、本市においても同様に公共交通ビジョンを策定中であり、課題等を検証することが必要であると考える。
③ 村島氏は、震災から4日後からボランティアとして福祉車両や民間救急車を用いた移動支援をはじめた。今日、公共交通が利用できない住民をガソリン代等の実費負担をいただく形で地元のNPOに引き継がれている。発災直後から時間の経過とともに移動困難者が変化してくるとともに、災害により地域が内包していた様々な課題が顕在化し、外出することはただ移動することのみならず「生きる」ことそのものに作用するとの指摘は示唆に富んだ考え方であると思う。
 

      

   

 

2016年10月24日